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第7回「復活・歩く会」合同自主トレ総集編

【イベント報告】掲載:平成26年1月13日

 第7回「復活・歩く会」に向けた自主トレを開催しております。
 若い時のようには体が動かないので、機会があれば運動したいと思っている方、とは言っても、「一人でウォーキングするのは・・・」、とちょっと躊躇してしまう方、そんな皆さんの参加をお待ちしております。52年卒の同窓生とワイワイガヤガヤと、昔話に花を咲かせながら、少し軽めの運動をしましょう。

● 東京・新宿編(平成25年2月3日開催)

コース: 東京駅〜皇居東御苑〜千鳥ヶ淵〜半蔵門〜四ツ谷(昼食)〜田宮神社(於岩稲荷)〜
     新宿御苑(玉川上水跡)〜天龍寺(時の鐘)〜明治神宮〜
     オリエンタルレシピカフェ(打ち上げ) 約12キロ
参加者:雨澤さん(打ち上げから)、松浦くん(以上31組)、島田くん、
    飯村稔くん(以上33組)、川島(旧姓:唯根)さん、汀くん、阿部くん(以上34組)、
    高沢くん、飛田くん(以上37組)、堀米(旧姓:坂本)さん、木本くん、
    海老澤くん(以上38組)、堀之内くん、佐々木くん(以上39組)、
    小久保(35組)・修。(計16名)
概要: 本日は節分、明日は立春。「もうすぐ春」を予感させる暖かい陽差しのなか、東京駅からのスタートです。東京駅では昨年10月に丸の内駅舎の保存・復元工事が完了。大正時代(1914年(大正3年)創建)の姿を取り戻した丸の内北ドーム内に集合しました。私たち親子は少し早く着いたので、参加される皆さんが集まるまでドーム内部の綺麗な天井や階段を見上げて写真撮影したりしていました。そして10時30分の定刻に全員集合(写真下左)。今回体調を崩した石井くん(31組)は残念ながら不参加でしたが、茨城から33組の飯村稔くんが馳せ参じてくださり、また、38組の木本くんと海老澤くんが初参加で、とても賑やかな自主トレとなりました。
 東京駅から皇居方面に歩を進め、和田倉噴水公園を通り抜け、大手門から皇居東御苑に入門しました。まず「三の丸尚蔵館」に入館し、「明治十二年明治天皇御下命『人物写真帖』−四五〇〇余名の肖像」という展示を見学しました。明治天皇が深く親愛された群臣の肖像写真だそうです。見学後は、同心番所、百人番所、大番所を経て、中雀門跡から本丸大芝生へ向かいました。ここはちょっとした勾配の坂になっています。旧江戸城内は城好きの飛田くんが詳しく解説してくれました。そして忠臣蔵で有名な「松の大廊下跡」を通り、江戸時代・明暦3年(1657年)に振袖火事で焼失した江戸城天守閣があった土台(天守台)に着きました。天守台からの眺めを楽しんだ後、二の丸庭園を散策し、都道府県の木のエリアでは咲き始めたばかりの梅(茨城県)を見つけました。平川門から皇居外周道路に出て、お堀沿いを走るランナーたちと接触しないように注意しながら北の丸公園を抜け、さらに千鳥ヶ淵を眺めながら半蔵門の方へ歩きました。
 半蔵門からは皇居と別れ、新宿通り(麹町大通り)を通り、昼食予定の四ッ谷駅近くのお蕎麦屋さん「蔵や」を目指します。午後1時から2時にかけてゆっくりとした昼食休憩の後、四谷三丁目にある田宮神社(通称、於岩稲荷)を詣でました。ここは江戸文政期の鶴屋南北作「東海道四谷怪談」で有名ですが、実在のお岩さんは江戸初期の働き者の女性で、田宮夫妻は有名な仲良し夫婦だったということです。
 田宮神社からは新宿通りに戻り、内藤新宿を経て、昨年3月の自主トレでも訪れた新宿御苑で玉川上水に沿った静かな散策路を歩きました。そして新宿三丁目の天龍寺では、江戸三名鐘の一つとされる梵鐘「時の鐘」を拝見しました。この鐘は江戸の外れに存在したため、通常より早い時間に鳴らされ、内藤新宿で遊行する人々に「追出しの鐘」と呼ばれていたということです。島田くんが何とか鐘を鳴らそうとしましたが、しっかりと鍵がかかっておりました。
 島田くん、おいた(・・・)はダメですよ!
 新宿駅から代々木駅を過ぎ、ようやく明治神宮の北参道に辿り着きました。鳥居で佐々木くんが外国の方に写真撮影をお願いして国際親善の記念写真(写真下右)を撮ってもらいました。玉砂利の音が心地よく響く静かな参道を通り、明治神宮を参拝しました。帰り際、境内に奉納されたワイン樽「葡萄酒樽奉納 ブルゴーニュ騎士団」が、神社でよく見かけるお神酒の樽と同じように飾ってあるのには驚きました。打ち上げ会場の「オリエンタルレシピカフェ」では雨澤さんと合流し、今年最初の自主トレを肴に盛り上がりました

 
  東京駅北ドーム                    明治神宮北参道      

【撮影:佐々木(39組) 報告:小久保(35組)】

● 越谷編(平成25年3月24日開催)

コース:越谷駅〜葛西親水緑道・元荒川緑道〜(昼食)〜花田苑〜新方川緑道〜
    キャンベルタウン野鳥の森〜北越谷元荒川堤〜梅林公園〜北越谷駅=
    南越谷駅(打ち上げ) 18キロ
参加者:島田くん(33組)、川島(旧姓:唯根)さん(34組)、高沢くん、
    飛田くん(以上37組)、堀米(旧姓:坂本)さん(38組)、堀之内くん(39組)、
    小久保(35組)・修 8名
概要: 3月自主トレの当初の目的は、越谷梅林公園での観梅でした。しかし、今年は厳しかった2月の寒さが一転、3月になると例年以上の暖かさが訪れ、気象庁や各予報会社の予想よりも大幅に早く桜の花が咲きだしてしまいました。そのため、梅は咲き終えてしまうだろうと考え、急遽、越谷の桜の名所である元荒川堤を歩く行程をコースに追加し、桜のお花見ができるように計画を変更しました。この変更が奏功し、幸いにもほぼ満開の桜トンネルの中をみんなで散策することができました。
 また、当初予定していたコースでは「キャンベルタウン野鳥の森」から逆川緑道(さかさがわりょくどう)を通って久伊豆(ひさいず)神社に参拝する予定でしたが、何を勘違いしたのか、コースを大幅に間違え、逆川ではなく新方川(にいがたがわ)へと全く違う方向に向かってしまいました。そのため、皆さんにかなり予定外の距離を歩かせてしまいました。しかし、参加者の皆さんの献身的なご協力もあり、なんとか元荒川堤の桜並木に到着できました。苦労の甲斐があってか、いっそう美しい桜を感動的に鑑賞することができました。
 今回は、越谷、新越谷、南越谷、北越谷と、駅名に「越谷」と付く駅が沢山あるため、集合場所を間違えるメンバーがいるかもしれないと、ちょっと懸念がありました。しかし、私たち親子が到着した時にはすでに全員が揃っており、皆さん準備万端でした。この日は数日前のポカポカ陽気とは異なり、朝から曇天で少しヒンヤリした空気です。越谷駅東口から元荒川の方向に歩きだすと、越谷市役所中央市民会館…とかなり立派な施設の連続で、越谷市は何と裕福なところなのだろうと驚きました。中央市民会館を過ぎたところが元荒川で、そこに掛かっている新平和橋から中州に降り、花壇が綺麗に整備された遊歩道を「しらこばと橋」まで歩きました。無粋な男性陣とは違い、川島さんと堀米さんは堤防沿いの春の草々、花々を一つ一つ愛でながら、ゆっくりとしたペースでかなり後ろからついてきます。「しらこばと橋」で中洲から対岸に渡り、さらに元荒川を下って不動橋に到着しました。遠くからでは橋の向こう側はよく見えませんでしたが、橋脚の下を潜り前方の視界が開けると、一面に鯉のぼりが泳いでいました。これは毎年4月下旬にここで開催される「不動橋こいのぼりフェスティバル」のためでした。越谷東中グランドのフェンスを利用して対岸まで幾本ものロープを渡し、そこに鯉のぼりを飾っているということです(写真下左)
 高沢くんによると、今まで歩いてきた元荒川遊歩道は高沢くんのお家(江戸川区西葛西)の近くまで続いているということです。いつの日になるか分かりませんが、東京湾まで踏破してみましょう。しかし今日は元荒川から向きを変え、新方川を北上します。堤防の上から北東の方を眺めると、高い展望台を備えた大きな工場が見えます。遠くからでも読める大きな文字で「REUSE」と記載されていたため、直ぐに清掃工場ということは分かりました。でも「展望台は何のためにあるの?」という疑問は解けません。その上、堀米さんから甘えた感じで「昇りた〜〜い♪」と言われたので、直ぐに行動開始。みんなよりも先に清掃工場の門まで小走りで行って展望台の案内を調べました。残念ながら、展望台の公開は平日と第3日曜日ということでした。先週ならば展望台に登れたのですが、今日24日は第4日曜日、断念せざるを得ませんでした。こういうことは事前に調べておくべきだったと後悔しております。ところで、先ほどの疑問の答えは意外に簡単なものでした。清掃工場の煙突を利用して展望台を作ったということです。
 展望台の件で寄り道してしまったので、昼食予定のレストランへの到着が遅れてしまいました。今日のお昼のお店は「カポナータ」。地場野菜を使ったイタリアンです。パスタのランチセットを各自お好みで注文し、4月以降の自主トレの行き先や夏の尾瀬ヶ原ハイキング計画などのお喋りで過ごしました。ちょっと長めのお昼休みをゆっくりと寛ぐことができました。私たちがお店を出て、次の目的地「花田苑」に向かおうとしていると、お店の可愛いウェートレスさんが後を追いかけて来て、堀之内くんの忘れ物(500円硬貨)を届けてくれました。どうもありがとうございました。
 花田苑は純和風の廻遊式池泉庭園で、その隣には立派な「こしがや能楽堂」があります。庭園にはソメイヨシノや枝垂れ桜が咲き始めており、麗らかな春の香りでいっぱいでした。苑内には今では珍しい「丸い赤の郵便ポスト」も展示されていました。川島さんは「柏ではもう見かけないわ」と仰っていましたが、私が住む飯能では今も現役のポストとして利用されています。えっ、飯能って、田舎なのか? いえいえ、歴史を大切にしている街です。
 花田苑を後にして、新方川をさらに北上します。新方川の堤防にもところどころに桜並木があり、近所の皆さんがお花見をしていました。さらに歩を進めると、ネット状の大きな施設が見えてきました。これは、オーストラリアの自然と親しめるミニテーマパーク「キャンベルタウン野鳥の森」の日本最大級のバードケージです。ケージの外では飛べない鳥エミュー、ケージの中ではカラフルなインコなどがすぐ手の届くような近さで飼育されていました。川島さんは動物が苦手ということで恐る恐る見学していましたが、島田くんは愛嬌たっぷりに動物たちに接し、アカビタイムジオウムのケージでは、「『Hello』と声をかけると『Hello』と応えます」との掲示を見て、海外赴任時に身に付けた英語で盛んに声をかけていました。そうすると、なんとオウムが「Hello」と応えてくれました。何事も忍耐が必要なようです。
 「キャンベルタウン野鳥の森」からは(既に記載したように)道を間違ってしまったのでスキップさせていただき、途中、皆さんにお詫びの意味を込めて、「しあわせを運ぶてんとう虫チョコレート」を食べていただきました。このチョコレートは、カカオ生産地ガーナでの児童労働の現状を伝え、就学などの支援活動を行っている非政府組織(NGO)「ACE(エース)」が活動の一環として販売しているものです。
 本来の次の目的地である北越谷へは島田くんや飛田くんがGPSを駆使してコースを見つけてくれました。そして小一時間ぐらい歩き続け、ようやく北越谷駅付近まで辿り着くことができました。そこから東武線のガードの向こう側を見ると、明るくほわっとしたピンク色に染まっているではないですか。どうやら元荒川堤に到着したようです。ここの桜は枝が川の水面近くまで長くアーチ状に伸びています。その枝の下は、まさに桜のトンネルです。ここで記念写真(写真下右)を撮りました。さらに当初の最終目的地である越谷梅林公園も訪れました。園内を一周してみましたが、予想通り梅の花は終わりかけていました。そして梅園公園からの帰り道、もう一度、見事な桜のトンネルの下を散策し、北越谷駅まで戻りました。そこからは東武電車で南越谷駅に移動して、駅近くの「土間土間」で楽しく盛り上がりました。

 

  不動橋こいのぼりフェスティバル          元荒川堤桜並木           

【撮影・報告:小久保(35組)】

● チューリップ祭りと羽村堰編(平成25年4月21日開催)

コース:小作駅〜阿蘇神社〜根がらみ前水田(チューリップ祭り会場)〜羽村堰〜羽村郷土博物館〜
    加美上水公園〜田村酒造〜福生駅〜大多摩ハム(お土産タイム)〜
    シュトゥーベン・オータマ(打ち上げ)
参加者:石井くん(31組)、島田くん(33組)、汀くん、川島(旧姓:唯根)(以上34組)、
    小久保くん(35組)、高沢くん、飛田くん(以上37組)、
    堀米(旧姓:坂本)さん(38組) 計8名

概要: 前夜から降り続く雨は、自主トレ当日の朝になってもどしゃ降りのままで、実施が危ぶまれましたが、お昼頃から雨はやむという天気予報の言葉を信じて自主トレを決行。天気予報の言葉は見事に大当たりで、集合時間のころにはピタリと雨がやみました。きっと参加者の皆さんの心がけがよろしかったのでしょう。そのため石井くん、島田くん、汀くんが持参した大きめの雨傘は本来の「傘」として使われることはなく、代わりに歩く時の「杖」として使われることになりました。しかしながら、寒の戻りで季節はずれの肌寒い一日となりました。
 羽村の「根がらみ前水田」では裏作を利用して季節ごとに違った景観植物を楽しむことができ、ちょうど4/5〜4/25の期間はチューリップ祭りが開かれています。今年は桜の開花も早く春の訪れが早かったため、チューリップの花が咲き終わってしまわないか心配されましたが、まだまだたくさんのチューリップの花を見ることができました。赤、白、黄色、色とりどりのチューリップがあったり、花びらの先端がとがっているチューリップがあったり・・・チューリップにはこんなにも様々な種類があるのですね。ここでは球根を育てるのが目的ですので枯れる前に花を摘んでしまうそうです。このきれいな花たちも、まもなく切られてしまう運命であると思うと、なんとなくはかなげな印象です。
 続いて羽村堰へ。そもそも今回の自主トレが羽村に決まったのは、前々回の2/3の自主トレ四谷大木戸の玉川上水跡を訪れたのがきっかけでした。誰とはなしに、また玉川上水沿いを歩こうという話になり、それならいっそ玉川上水の起点である羽村堰へ行ってみようということになったわけです。玉川上水は1653年に幕府から命令を受けた玉川庄右衛門、清右衛門によって開削工事が開始され、わずか8ヵ月で完成したとのこと・・。江戸時代の測量技術、土木技術の高さにただ驚くばかりです。玉川兄弟の銅像の前で記念写真をとりました(写真下右)。立っているのが兄の庄右衛門(それをまねているのが高沢くん)、測量用の鋼を手にして座っているのが弟の清右衛門(それをまねて傘を手にして座っているのが石井くん)です。やれやれという感じですね!
 打ち上げでは地元の大多摩ハム本社に隣接するドイツ風レストラン「シュトゥーベン・オータマ」にて生ビール「レーベンブロイ」で乾杯をして、本格的なドイツ料理をたっぷりと堪能しました。ドイツ料理をいただくには、やはりビールが一番おいしいと思われますので、日本酒を注文するのは邪道ではないかなと思いつつも、筆者の川島は、がまんできずに飛田くん、汀くん、小久保くんを誘い込んで、地元福生の田村酒造まぼろしのお酒「嘉泉」をいただきました。その味は地元の清らかな水で仕込まれて、口当たりが柔らかく、大変においしい美酒でした。
 最後に心温まるエピソードを・・・。けがのため、やむを得ず参加できなかった堀之内くんを励まそうという堀米さんの発案で、参加者全員が一言ずつメッセージを寄せ書きし、それをデジカメで撮影して送ることになりました。まるで青春ドラマのような展開に一同大いに盛り上がり、久しぶりに気持ちが熱くなりました。堀之内くん、早くけがを治してくださいね!
 今回の自主トレでは、特に可愛らしいチューリップの花が圧巻でした。そして新緑の木立ちを渡る風の音と多摩川や玉川上水を流れる水音だけが聞こえてくるという静寂の中を、ゆったりと歩くことができました。いつもながらの中味の濃い企画で心豊かな一日を満喫することができました。

 

   阿蘇神社にて                玉川兄弟の銅像の前           

【撮影:小久保(35組) 報告:川島(旧姓 唯根)34組】

● 谷根千・六義園編(平成25年5月19日開催)

コース:日暮里駅〜大黒天〜七面坂〜岡倉天心旧居跡〜千駄木(「彬」:昼食)〜大円寺〜全生庵〜
    安立寺〜長安寺〜観音寺〜夕焼けだんだん〜延命地蔵尊〜六義園〜 駒込富士神社〜
    動坂遺跡〜団子坂上〜森鴎外記念館〜根津神社〜お化け階段〜 谷中霊園(慶喜公墓所)〜
    日暮里駅前(打ち上げ):16,397歩、約13km(酒井の万歩計による)
参加者:松浦くん(31組)、佐藤(旧姓:柳沢)さん、島田くん(以上33組)、
    阿部くん(夕方から)、川島(旧姓:唯根)さん、汀くん(以上34組)、
    小久保くん(35組)、高沢くん、飛田くん(以上37組)、堀米(旧姓:坂本)さん、
    酒井(旧姓:武石)(以上38組)、大島くん、 佐々木くん、
    堀之内くん(以上39組):計14名
概要: 数日前までは「曇り一時雨」の予報が、日ごろの行いの賜物でしょう、程よく晴れて暑くもなく寒くもなくの自主トレ日和となりました。今回は、「上野の近くで、古き良き東京を歩きたい」という希望をかなえていただき、茨城から2名(佐藤さん、酒井)が初参加となりました。まずは集合場所の日暮里駅で記念撮影。茨城組は長袖2枚重ね。半袖東京組からの「えー長袖〜?!ありえないでしょ」ビームに、「茨城の朝は寒いのよ」と応戦しつつ、佐藤さん&酒井は上着を1枚脱いでのスタートでした。
 まずは谷根千の谷である谷中。初めに谷中大黒天で、自主トレの安全祈願をして七面坂へ。七面坂の七面は坂上の北側にある日蓮宗延命院の七面堂を指すそうです。坂を下って左に折れて岡倉天心旧居跡へ。天心の旧居、および日本美術院跡を整備して岡倉天心記念公園として開放しています。1906年に日本美術院が五浦に移るまで、ここがその活動の拠点でした。敷地の奥には1966年に建てられた岡倉天心史跡記念六角堂があり、中に天心の座像が安置されていました。公園内ではトイレ、水道、遊具にいたるまで、みんな六角にこだわっていました。次に、よみせ通りにある「彬(あきら)」で昼食。お魚が美味しいお店で、定食を食べました。カニクリームコロッケの中が熱かった!ここで7月の自主トレに計画している尾瀬の話や、「『光圀伝』大河ドラマに・・」の署名もしました。お腹もいっぱいになったところで大円寺へ。笠森お仙鈴木晴信の碑があります。お仙は笠森稲荷神社前の茶屋「鍵屋」の看板娘で、江戸三美人の一人。鈴木晴信はその姿を錦絵に描いた絵師です。さんさき坂を上って、次に行った寺「全生庵」は、山岡鉄舟により、江戸幕末・明治維新の際に国事に殉じた人々の菩提を弔うために建立されたお寺です。本尊はかつて江戸城の守り本尊だった葵正観世音菩薩。さらに下村観山の墓所がある安立寺、谷中七福神の寿老人が安置されている長安寺、赤穂浪士にゆかりのある観音寺と立ち寄りました。観音寺には2本の木が合体した大きな楠がありました。それにしてもこの界隈は寺・寺・寺!ものの本によると、谷中には70以上のお寺があるそうです。谷中が寺町としてにぎわった理由は、森まゆみ著「谷中スケッチブック」によると、○寛永年間、上野の寛永寺(江戸では最高の寺格をもつ寺)創建にともない、その子院が多く建立された。○慶安年間、江戸中心部の寺町は、市街地密集の緩和のため郊外への移転命令を出され、多くのお寺が神田等から引っ越した。○明暦の大火(振袖火事)後、市中を焼け出された寺々が、大火の被害のなかった谷中に移転してきた。○高台で、風光明媚な地だった。○享保年間から感応寺の富くじが始まり、明和年間には絶世の美女・笠森お仙が現れた(酒井注:美女に引き寄せられるのはいつの時代も同じ?)。・・・など、とのこと。谷中の台地は江戸城の北東に当たり、鬼門を鎮護するお寺を建てるのにはピッタリの場所だったのですね。谷中は、細い道が入り組んでいて、巨大迷路でした。口々に「それにしてもお寺が多いな〜」「犬も歩けば寺に当たる」が決してオーバーではない谷中のお寺です。他にも立ち寄ったところがあった気もしましたが、そういう訳で、ゴメンナサイ。迷子にならずに済んだのはひとえに小久保リーダーのおかげです。無事に日暮里駅方面に戻り、次は夕焼けだんだんへ。
 夕焼けだんだんは日暮里駅から谷中ぎんざ商店街に下る階段です。夕焼けの絶景スポットだそうですが、まだ日も高く絶景の夕焼けは見ることができません。階段には普段はたくさんの猫が集まっているらしいのですが、今日は1匹も姿が見えません。谷中ぎんざを見下ろす階段で記念撮影。谷中ぎんざは狭い通りにお店がいっぱい、人もいっぱい。通りぬける間に、ソフトクリーム、コロッケ、谷中メンチカツ(芸能人の色紙がいっぱい)、かき氷など思い思いに食べ歩き。あるいはお店の長椅子に座って琥珀ビール。飛田くんによると、地ビールのような味だったそうです。谷中ぎんざを通り抜けて突き当りが、よみせ通りの商店街。自動販売機の可愛い絵柄の缶ビールにニッコリの堀米さん。この商店街の中に延命地蔵尊があります。可愛いお地蔵様でした。  ここからは谷中を離れて不忍通りをひたすら六義園目指して歩きます。六義園は、五代将軍・徳川綱吉の側用人だった柳沢吉保が、下屋敷として与えられた駒込の地に自ら設計・指揮して造営した大名庭園です(その後、岩崎家→東京市へ)。7年の歳月をかけて池を掘ったり、山を築いたり、千川上水の水を引いたりしたそうです。「こんなところに住みたいなあ、勿論庭の手入れをする使用人がいてさ〜」と誰かの独り言。滝見の茶屋、絶世の美女と伝承される衣通姫(そとおりひめ)にゆかりの小道など、広い園を一回りして、かつて岩崎家の屋敷から眺めたと思われる景色をバックに記念撮影。桜やツツジ、サツキの季節はさらに見事だそうです。
 六義園からは、谷根千の千に当たる千駄木に向かって歩いていきました。六義園に向かう時に歩いた不忍通りは低地、帰りは高台沿いを歩いて駒込富士神社へ。心憎いコース作りです。ちなみに、「一富士・二鷹・三茄子」の富士はこの駒込富士神社を指すそうです。江戸時代、大流行した富士講の中でも最も古い組織の一つがあった駒込富士神社。その周辺に鷹匠屋敷があったこと、駒込ナスが名産物であったことに由来して、「駒込は一富士二鷹三茄子」と川柳に読まれたそうです。お参り後、転げ落ちそうな急な階段に並んで記念撮影。さらに進むと動坂遺跡(縄文時代の貝塚遺跡の上に江戸時代の鷹匠の屋敷跡)。今は公園になっていました。高台沿いを実感しながら進んでいくと団子坂。名前の由来は、坂の下に団子屋があった説と、急な坂なので雨の日に転ぶと泥で団子のようになる説、どちらをとるかはあなた次第です。下る坂道を左手に見ながら森鴎外記念館へ。鴎外がかつてここにあった住まいを「観潮楼(かんちょうろう)」と名づけたことが表すように、当時は2階の書斎から東京湾が遥かに見えたそうです。入館料500円を払って中へ。皆さん熱心に一つ一つ資料を見ていました。さすが向学心旺盛!と思ったら、入館料の元をとるためだったという人も。カフェでのんびり派も。
 千駄木から谷根千の根に当たる根津へ。最初に赤い鳥居のトンネルをくぐって乙女稲荷に行きました。お参りして、ここで阿部くんと合流して記念撮影。さらに根津神社楼門(重要文化財)で記念撮影。結婚式帰りの若い人たちの中のお姉さんが「撮りましょうか」と声をかけてくれましたが、佐々木君の仕事をとってはいけないと丁寧にご遠慮申し上げました。根津神社は日本武尊が1900年近く前に創祀したと伝えられる古社。本殿、拝殿、幣殿、唐門、西門、楼門、透塀、青銅灯篭1対は国の重要文化財です。お参りをして、ここで堀米さんと汀くんが所用のため一足先に自主トレ終了となりました。次にお化け階段へ。お化け階段は、上りと下りで段数が異なるのでお化け階段と言うそうですが、慎重に数えた結果同じでした。でもちょっと気になる階段でした。
 再び谷中へ。谷中霊園へ向かう途中「もう、打ち上げに行こうよー」と言う声が聞こえた気がしましたが、きっと空耳だったと思います。徳川慶喜公のお墓は瑞竜山の水戸光圀公のお墓に似ていました。なぜかこちらに猫がたくさんいました。霊園内のさくら通りを通って、再び日暮里駅へ。行く先々での小久保くんの解説はプロの添乗員。「なんでそんなこと知ってるの〜?」と驚きの連続でした。
 打ち上げは日暮里駅前の居酒屋「金の蔵Jr」に。「ここはやっぱり(本日の自主トレゆかりの)茄子で」と揚げナスを注文。会計の時、松浦くんが、お店の人とのじゃんけんで2勝して高率キャッシュバックをGet。茨城組はそれでグリーン車…ではなく、家族へのお土産を買いました。松浦くん、Good Job!
 お寺、坂道、レトロな雰囲気、江戸から昭和の面影を残す通りや地形を堪能した、盛りだくさんの賑やかな楽しい一日でした。ブラタモリ、ゆうゆう散歩の気分も味わいました。  お店のガラス戸に書いてあった「錻力」。次の日、堀之内くんから「ブリキ」と読みますとメールが届きました。ありがとうございました。

 

六義園                          根津神社  

【撮影:佐々木(39組) 報告:酒井(38組)】

● 鋸山編(平成25年6月2日開催)

コース: 浜金谷駅〜観月台〜百済観音〜地獄のぞき(お弁当休憩)〜大仏〜無字門〜
     保田駅〜ばんやの湯(本当は約6キロのはずだった?)
参加者: 島田くん(33組)、川島(旧姓:唯根)さん(34組)、小久保(35組)、
     高沢くん(37組)、堀米(旧姓:坂本)さん(38組)、堀之内くん、
     大島くん(以上39組)計7名
概要: 自主トレ6月企画は南房総市の鋸山へ行ってきました。南房総市は房総半島南端に位置し、館山市を取り囲む形になっています。遠い!と思っていた浜金谷(鋸山の最寄駅)ですが、内房線普通列車のボックス席にみんなで仲良く座って話しに花を咲かせているうちに、あっという間に浜金谷駅に到着しました。ボックス席で和気あいあいと行くローカルな旅もいいものです。横須賀市の久里浜港から東京湾フェリーで渡って来た島田くんも合流し、予定の内房線に乗り遅れてしまった小久保くん(JRの臨時列車増発による運行予定変更があり、前日にチェックしておいた乗換案内が役に立たなかったそうです。乗換案内は当日再チェックする必要あり!知らなかったな〜)も後続の特急で程なく到着。
 わたしはここでハイキングコースへ向かうみんなと別れ、4月に足を怪我して今回は長く歩くのを自重した堀之内くんと一緒に、一足先にロープウェイで頂上に。山頂から東京湾一望のパノラマ・ビューを楽しんだあと、乾坤山日本寺境内に入り、長い石段を登って、「大人の遠足BOOK 日帰りウォーキング関東周辺@」の表紙を飾る「地獄のぞき」に。切り立った断崖の最上部から突き出た岩の先端から、約100m下の石切場跡をのぞきこむことができます。鋸山の知名度はあまり高くありませんが、日帰り遠足コースとしては面白かったです。足腰の丈夫なうちに行っといたほうがいいかも。
 日本寺は1300年ほど前、奈良の時代に聖武天皇の命で建てられたという古いお寺で、1783年に造られた(石仏としては)日本一大きい大仏が鎮座しています。「よくこんな大きな大仏を石から彫り上げたね〜」と驚き。わたしは興福寺・阿修羅像の少年のような真摯なお顔が好きですが、日本寺の大きな仏さまは童顔で、お釈迦様シッダールタの30歳ごろのお顔はこんなだったかな、と親しみを感じます。そのほか日本寺には百尺観音像、千五百羅漢像など、石でできた、たくさんの仏像がありました。
 さて、苦行のあとは風呂→ビール→飯セット。ハイキングコースのゴール保田駅近くにある「ばんやの湯」で、途中参加の大島くんも交えて、アルコールと海の幸を楽しみました(写真下右)。

【報告:堀米(38組)】

追記@: 私が自主トレに参加するようになったのは2年前からなので、それまでに行われた自主トレのコースを調べてみました(*泊り)。2007年3回(筑波山三浦半島、お台場)、2008年9回(中山道/日本橋〜板橋、等々力渓谷、柴又、鎌倉、府中、日暮里・舎人ライナー全線沿線、多摩、白金、箱根)2009年6回(日光街道千住近辺、深川・葛西、玉川上水、鎌倉・金沢文庫、奥多摩、牛久)2010年7回(巣鴨、横浜、手賀沼、筑波山、鎌倉、東京スカイツリー、高尾山)、2011年6回(川越、曽我梅林、三鷹、大山、品川、東京ディズニーシー)2012年9回(*熱海、目黒、トトロの森、秩父羊山公園、江の島、*日光霧降高原、御岳山、巾着田、浅草)と、いろいろな場所に出掛けています。わたしは、熱海・日光霧降高原にも行きましたが、「高校の同窓会が、泊りで、男女共同参画でできるというのは、うらやましいね。絆ですね。」と言われます。あなたも一緒に歩きませんか?友達と歩くのは楽しいです。(堀米ゆみ)

追記A: 堀米さんと堀之内くんが一足早く天空世界を楽しんでいる間、徒歩組の島田くん、川島さん、高沢くん、小久保の4名は、山麓の地獄を彷徨っていました。きっと、「地獄のぞき」からよく見えたことと思われます。まず、最初の間違いはスタート早々からミスコースしてしまったこと。今年の第7回「復活・歩く会」実行委員長の高沢くんから10月本番の壮大な計画をお聞きしながら道なりに歩いたため、なんとロープウェイ駅まで来てしまいました。仕方なくすごすごと浜金谷駅の方向に引き返しました。次の判断ミスは、ちょっと緩やかそうな「車力道コース」を選んだことです。鋸山には幾つかの登山コースが設定されています。「車力道」とは、かつて鋸山で切り出された石(房州石)をネコ車に3本(合計240キロ程度)乗せて、麓に下るための道でした。この仕事は「車力」と呼ばれた女性たちの仕事だったということです。確かに他のコースよりも傾斜は緩やかなようです。しかしこのコースが堀米さんたちとの待ち合わせ場所から離れたところに出ることには気づきませんでした。「車力道コース」の途中にある石切り場跡などを見学した後、ちょっと可愛い女子大生風のグループの後をついて山頂に向かいました。案内板には山頂まで0.6 kmと記載されており、しかも島田くんが持ってきてくれた地元ガイド作成の手作りパンフレットには15分と記載されていたので、安心して登っていきました。しかしなかなか頂上には到着しません。心配になって、堀米さん、堀之内くんに連絡を取ろうとしましたが、どうやら電波状況が悪く、なかなかつながらず、しかもつながっても直ぐに切れてしまうという状況でした。途切れ途切れの話をつなぎ合わせると、どうも鋸山には2つの山頂があり、小久保たちが登ったのは違う峰とのこと。仕方なく、遅めのお昼を(目的地とは違う)山頂で済ませた後、途中にあった石切り場まで降りると、隣の峰のはるか上方に、「地獄のぞき」の展望台が見えるではありませんか。えっ、また100m以上登るの?というメンバーの冷たい視線に負けず、急峻な階段を登りだしました。待ち合わせの「北口管理所」には予定よりも1時間以上遅れての到着となってしまいました。北口管理所で伺ったところ、間違えて登った峰は、鋸山の三角点峰といい、日本寺とは峰続きだが、「一度降りないと行くことはできない。それにしても凄い道を登ってきましたね。」と感心されてしまいました。そして、北口管理所から最後の力を振り絞るようにして「地獄のぞき」に辿り着きました(写真下左)。この地獄の苦行で、島田くんは汗びっしょり、川島さんは高沢くんが貸してくれたストックを使ってなんとか登りきりましたが、翌日は筋肉痛に襲われたそうです。一方ストックを貸してあげた高沢くんは、ちょっとバテ気味での到着と相成りました。参加者の皆さん、申し訳ありませんでした。(小久保 優)

 

地獄のぞき                          ばんやの湯  

【撮影:小久保(35組) 報告:堀米(38組)】

● 尾瀬編(平成25年7月14〜15日開催)

コース:新宿=(夜行バス)=鳩待峠〜山の鼻〜植物研究見本園〜山の鼻〜鳩待峠=
    尾瀬戸倉温泉=(バス)=的場 (合計8キロ)
参加者:島田くん(33組)、川島(旧姓:唯根)さん、阿部くん(以上34組)、高沢くん、
    飛田くん(37組)、堀米(旧姓:坂本)さん(38組)、大島くん、飯村(洋)くん、
    堀之内くん(以上39組)、小久保(35組) (計10名)
概要: 50歳を超えた(やや)オールドメンバーですが、なんと夜行バス尾瀬に行ってきました。バスの出発30分前に新宿新南口から代々木駅方向に10分ぐらい歩いたところにあるJRバス発着所に、島田くん、川島さん、高沢くん、大島くん、小久保の5名が集合しました。飛田くんは川越駅からの乗車です。他のメンバー(堀米さん、阿部くん、飯村くん、堀之内くん)は鳩待峠の山荘に一足早く到着して、体力温存を図っています。
 出発前に阿部くんから現地の状況が携帯メールで届きました。尾瀬では鳩待峠と大清水は携帯が使えます。しかしその他の地域、尾瀬ヶ原、尾瀬沼ともに圏外ですので、尾瀬に行かれる場合は注意してください。阿部くんのメールによると、「現在、ビールで宴会中。小雨の中、至仏山に登ってきたが、2時ごろから晴れ間が見えてきた。明日は晴れるかも・・・」という内容だったので、きっと普段の心がけの良さにより晴天の尾瀬ヶ原をハイキングできると、さらに期待は高まっていきました。
 夜行バスの狭い車内ではあまり眠れないかもしれないと考え、飛行機に乗る時に使っている空気枕とアイマスクで準備万端で臨みました。さすが大人の遠足、車内は会話もなく、し〜〜〜んと静まり返っていました。そのため、お菓子の袋をカサカサと開ける音はかなり目立っていました。熟睡できないと心配しておりましたが、椎坂峠を過ぎたあたりから、す〜〜と寝てしまったようです。運転手さんのちょっときついブレーキで体が前のめりになって前のシートにぶつかって起きてしまい、眠っていたことに気付きました。どうやら小久保だけはちゃんと寝ていたようです。しかし他のメンバーはあまり寝られなかったということで、ひょっとして隣の方に何かご迷惑をおかけしたかもと、気になっております。
 夜行バスは何度も時間調整の停車を繰り返していましたが、ようやく午前3時過ぎに最初の停留所である大清水に停車して、尾瀬沼方面に向かうハイカーが降車していきました。その後、バスは大清水から戸倉温泉の方に下り、鳩待峠行きバス連絡所に到着しました。始発の鳩待峠行きバスが発車する4時20分までこの夜行バスの中で座って待たせてもらいました。そして小さな始発バスに乗り換えて鳩待峠に向かい、5時10分頃に到着しました。
 さあ、朝食を済まして尾瀬ヶ原にと思ったのも束の間、大粒の雨が降り出しました。なんとタイミングの悪いこと。堀米さんたち前泊組と合流し、とりあえず、鳩待休憩所で蕎麦を啜って待つことにしました。その間、雨具を調えて、出発の準備です。しかし、風もさらに強くなり、雨も止む気配がありません。それでも午前6時ごろになんとか、小降りになってきたので、まずは尾瀬ヶ原の入り口の山の鼻まで行って尾瀬ヶ原の様子を見ることにしました(写真下左)。
 鳩待峠から山の鼻までは下り坂で約3キロ、1時間弱の行程です。途中には熊よけの鐘が用意されていました。実は、このコースは動物がたくさん生息している地域でもあります。例えば、オコジョを目撃し、尾瀬山の鼻ビジターセンターに届けると「オコジョ発見証明証」がもらえるそうです。この日は雨のため階段や木道が濡れていたので、滑らないように注意深く歩きました。木道の脇には夏の水芭蕉が見られます。しかし水芭蕉と聞いて皆さんが良くご存知の可憐な白い水芭蕉を思い浮かべると大間違いです。夏は0.5〜1mの大きな葉が育っています。さらに下り坂を進んでいくと水の音が大きくなってきました。川上川という尾瀬ヶ原に流れ込む川が見えてきました。そう、まもなく山の鼻です。しかし、残念ながら、山の鼻に到着したころから一時小止みだった雨が本降りに変わってしまいました。そのため近くのビジターセンターに入って、尾瀬の自然を勉強しました。その後、隣の至仏山荘に移動して、花豆入のソフトクリームを頂きました。薄紫色のクリームに微かに花豆の香りがしました。ここで1時間ほど時間をつぶしましたが、雨は小降りになる気配もありません。次は阿部くんが持参したいろいろな行動食(簡単に言うとおやつのようなもの)を頂くことになりました。阿部くんが山荘の前の避難所でガスバーナを使ってお湯を沸かして、コーヒーを振舞ってくれました。雨に濡れて冷えた体には暖かい飲み物が最高です。しかしまだまだ雨は降り続きました。そのため、この日の尾瀬ヶ原でのハイキング(牛首からヨッピ橋、竜宮までを予定)は中止として、尾瀬に咲く湿原植物を移植して作られた「山の鼻植物研究見本園」を巡ることにしました。ここは尾瀬ヶ原を縮小した全長約2キロの木道で、ニッコウキスゲ、コバイケイソウ、トキソウ、カキツバタが群生していました。「植物研究見本園」散策後もまだ雨が降り続いていたため、往きと同じコースで 鳩待峠に戻りました。今回、大島くん、阿部くん、堀米さんは尾瀬沼の山小屋に宿泊する予定でしたが、悪天候のため無理をせずキャンセルすることになりました。
 鳩待峠から乗り合いタクシーで戸倉に移動し、新宿行きのバス停近くの「玉城屋」で日帰り温泉につかって、皆さんが持ってきたおやつ(いや、行動食)、カレーのお昼、そして、ビールを頂きました(写真下右)。予定変更となってしまった堀米さんと阿部くんは一足早く12時30分の路線バスで沼田まで出てから電車で、その他のメンバーは予約していた3時40分発の高速バス「尾瀬号」で帰りました。しかし、運の悪いときは続くもので、三連休最終日の関越道は大渋滞、しかも2件の重大事故が発生し、渋滞45キロという状況になってしまいました。これでは何時に帰宅できるものやらと心配しましたが、運転手さんのアドバイスに従い、「的場」という高速バス停で降車させてもらい、そこからは川越線沿線に住む飛田くんの案内でJR的場駅へ向い、川越線を利用して、それぞれの帰宅の途につきました。
 今回は雨でしたが、尾瀬ヶ原の素晴らしい面の一端を堪能することができました。次回は澄み切った青空のもとでハイキングを楽しみたいという希望も出ていますので、改めて「尾瀬ハイキング」を企画したいと思います。

 

    鳩待峠                      尾瀬戸倉温泉「玉城屋」

【撮影・報告:小久保(35組)】

● 柏の葉BBQ編(平成25年8月25日開催)

参加者:雨澤さん、石井くん、松浦くん(以上31組)、川島(旧姓:唯根)さん、
    汀くん(以上34組)、小久保、修(35組)、高沢くん、飛田くん(以上37組)、
    堀米(旧姓:坂本)さん、江戸くん、(以上38組)、飯村くん、大島くん、佐々木くん、
    堀之内くん(以上39組) (合計15名)
概要: 恒例のバーベキューを、今回、千葉県立「柏の葉公園」で開催しました。柏の葉公園は元々旧陸軍の柏飛行場だった跡地を利用した公園で、千葉県まちづくり公社や千葉大学などによる柏の葉公園管理グループが管理・運営しています。設備が充実している割には比較的予約が取りやすいため、ここに設置されているバーベキューサイトを利用することにしました。
 お昼までに準備を完了させるため、幹事長の佐々木くんから集合時刻は現地で午前11時過ぎにと指示が届いていました。当日、予定の午前11時には買い出し班以外のメンバーは大体到着して、早速、準備に掛かり始めました。前回のお台場での開催時と同じように、今回も炭焼きセットなどをレンタルできるため、基本は手ぶらでのBBQが可能です。しかし今回は、“ジョウバンズ柏支部”(簡単に言えば柏在住の皆さん)の川島さん、堀之内くん、佐々木くんが、食材やビールなどの飲み物を朝早くから買い出してくれていたので、全て十二分に準備万端の状態でした。実は当日朝の天気予報ではかなり不安定な天候が予想されており、私が住む飯能(柏よりも西に位置していますので1時間位先の天気が予想できます)では朝方から既にかなり強めの雨が降っている状況でした。雨で中止かと、一瞬、不安が頭をよぎりましたが、リアルタイムで降雨情報が確認できる気象庁の“レーダ・ナウキャスト”によると、強い雨も1時間ぐらいで止み、それ以降は小雨しか降らないということでした。その情報を元に幹事長の佐々木くんが決行を決断しました。
 BBQ開始後、柏の葉でもちょっと強めの雨が短時間降りましたが、幸いにも少し大きめのタープを借りていたおかげで問題なくバーベキューを続けることができました。下の写真は、準備完了で、これからバーベキューを始めようと乾杯している写真です。川島さんが家庭菜園で栽培・持参されたミントやきゅうりを使い、飯村くんがイギリスの夏の定番飲み物ピムスを作ってくれました。そしてこの後、いろいろな種類の肉、ホタテ、海老、ししゃも、カボチャ、たまねぎ、ナスなどなど、いろんな食材が食べきれないほど出てきました。イカ焼きでは江戸くんが大洗風の食べ方を披露してくれ、堀之内くんは朝早く起きて下茹でしたトウモロコシを持参してくれました。私も箸休めに花豆の甘露煮を持参しました。午後2時過ぎ、急な仕事のために参加が遅れていた松浦くんも到着し、ようやく全員集合となりました。そして最後は焼きそばで終了。午後3時過ぎのお開きと後片付けまで、ずっと、ワイワイ・ガヤガヤと賑やかに進めることができました。

 

これからバーベキューを開始しま〜〜す。乾杯!

【撮影:佐々木(39組) 報告:小久保(35組)】

● ディズニーシー編(平成25年10月27日開催)

参加者:Mina Johnson(鈴木美奈子)さん、堂(旧姓:飛田)さん、飯村くん、
    島田くん(以上33組)、汀くん(34組)、高沢くん(37組)、大島くん、
    佐々木くん(以上39組) 合計8名
概要: ナッシュビルを発つ前は、二つの台風が同時に来ているということで、もしかしたらディズニーシー企画は没か、それ以前に果たして着陸できるのだろうかと、ドギマギしていましたが、当日は最高の秋晴れでした。最高の人手でもあったようです。
 でも、高沢くんのフットワークの素晴らしさと飯村くんのコース案内のフォローのお陰で、それほど並ぶこともなく、いろんなアトラクションを楽しむことが出来ました。
 佐々木くんのJALマイレージのお陰で、ブロードウェイミュージックシアターの「ビッグバンドビート」は立ち並ぶ観客を横目にし、ラウンジに案内されショーが始まるまで飲み物を飲んでくつろいで、ショーの直前に予約席に誘導されるというVIP待遇を満喫しました。
 締めはレストランで打ち上げ、踏破賞まで頂いて、丸一日楽しく有意義に過ごすことができました。 企画をしてくれた佐々木くん、案内役の高沢くん、そして集まってくれた島田くん、飯村くん、堂さん、大島くん、汀くん、本当にありがとうございました。とっても楽しい一日でした。写真を見たら、分かっちゃいますね。
 ちなみに、別日、飲み会、カラオケ会で、半数のディズニーシー参加者プラス、堀米さん、石井くん、松浦くん、堀之内くんともめっちゃ楽しいひと時を過ごすことができました。松浦くんのカラオケ進行の素晴らしさは、風の噂では聞いていましたが、実際に参加体験した結果は噂以上でした。とっても楽しかったです。
 今回会えなかったみなさま、次回を楽しみにしています。

 

ブロードウェイミュージックシアター      リストランテ・ディ・カナレットでのディナー
のラウンジにて  

【撮影:佐々木(39組) 報告:美奈(33組)】

● 高尾山・相模湖編(平成25年11月23日開催)

参加者:川島(旧姓:唯根)さん、汀くん(以上34組)、小久保(35組)、高沢くん、
    飛田くん(以上37組)、堀米(旧姓:坂本)さん(38組)、飯村くん、
    堀之内くん(以上39組) 合計8名
コース:高尾山口駅〜(稲荷山コース)〜高尾山〜もみじ台〜一丁平〜城山〜相模湖 
    合計 約9キロ
概要: 「晴れの特異日」と言われている「勤労感謝の日(11月23日)」に、紅葉で有名な高尾山から相模湖まで歩きました。開催日はその特異日を象徴するような雲ひとつない青空で、しかも、風もほとんどなく、暖かい日差しのハイキング日和に恵まれました。
 私が集合場所の京王線・高尾山口駅に到着した時には、既に構内はものすごい人混みとなっていました。待ち合わせ場所の改札出口に目立つように立っていたのですが、参加者の皆さんはなかなか私を見つけられず、そんなに広くない駅構内にもかかわらず、携帯電話で連絡を取り合いながらひとりずつ参加者を集めるような具合でした。さらに運の悪いことに、早朝に発生した事故による運行遅延のため、全員が集合できたのは集合時刻(9時40分)を過ぎ、10時をまわった頃になってしまいました。
 全員そろったところで「それでは」と出発しましたが、駅から登山口がある清滝までの通路が狭いため、まるで大きな神社の初詣のときのように行列はのろのろと少しずつ進んでいくだけでした。3年前(平成22年)の自主トレで訪れた時もかなりの人手でしたが、今回は紅葉のピーク時期と重なり、その混雑の凄さに改めて驚かされました。
 今回は堀米さんご推奨の「稲荷山コース(見晴らし尾根コース:高尾山山頂まで3.1キロ)」を利用しました。前回の「1号路(表参道コース:同3.8キロ)」よりも距離にして20%も短いため、そのぶん傾斜がきつくなっています。その反面、ガイドブックによると、途中の稲荷山山頂にある展望台やそれに連なる尾根伝いの道からの眺望が良いコースとされています。我々が登っていくと、スカートにハイヒール姿のOL風の一団に出くわしました。思わず、「大丈夫ですか?」と声をかけたところ、「ケーブルカーが1時間以上待ちだったので、仕方がなくこのコースを登ってきました」という話でした。「でも一番急なコースですけど」と教えてあげたら、「えぇぇ・・・」と言葉を失っていました。それでも彼女たちはなんとか登りつづけたようですので、たぶん山頂まで辿り着けたものと思われます。
 登り始めて暫くするとお稲荷さんが祀ってあり、そこで「本日の好天への感謝」と「安全祈願」をしました。そしてさらに登って行くと、皆さんの体がだんだん温まってきたようで、着込んでいたセーターなどを脱ぎだすようになりました。たくさん重ね着してきた飯村くん曰く、「朝、筑波は寒かったんです」。しかし、この時間になると、11月下旬とは思えない暖かさになっていました。
 登り始めて約1時間で「稲荷山展望台」に到着しました。展望台から新宿の高層ビル群が一望できました。ここからは尾根伝いに高尾山山頂を目指します。しかし山頂への最後の難関として、なんと見上げるように続く階段がありました。そこで、階段を登り始める前に休憩を取り、それから一気に山頂までの急な階段を登りました。そして喘ぎ喘ぎながらもなんとか高尾山山頂に着くと、なんと、雪を纏って真っ白になった富士山の雄姿が眼に飛び込んできました。疲れが一瞬にして引いていくような気がしました。  高尾山山頂は予想通り大賑わいだったため、ここでは小休止のみとし、お待ちかねの昼食は高尾山山頂から陣馬山へ続く奥高尾へのハイキングコースに入ってからにすることにしました。高尾山山頂を後にして暫く歩くと、登山客がまばらになってきました。そこで、持参したレジャーシートを登山道の脇に敷き詰め、狭いながらもなんとか8名分のスペースを確保して、おにぎりやサンドイッチ、持ち寄ったおかずをワイワイと食べました。なんと堀之内くんが参加人数分の8個のゆで卵を用意してくれていたので、仲良くひとり一個ずつ頂きました。
 昼食を済ませたら逆に疲れが出てきたようで、皆さんの午後の足取りはかなり重くなったように感じました。それでも、もみじ台から一丁平までは比較的傾斜の緩いコースだったので、紅葉をゆったりと鑑賞しながら歩くことができました。小久保の当初の予定では、一丁平からさらに足を延ばし、景信山に登ってから城山に戻り、大阪府箕面まで続く東海自然歩道に沿って相模湖に降りていく計画でしたが、時間が遅くなってきたこともあり、残念ながら景信山には登らず、城山から相模湖に向かうルートに変更しました。城山から相模湖へは一気に駆け下りる感じです。今度は下界で温泉が待っているという期待があり、足取りも軽やかに(?)なっていたのかもしれません。約2時間で相模湖側の登山口に到着しました。ここから10分ぐらいのところある旅館「天下茶屋」で日帰り入浴をすることにし、国道20号から狭く急な下りの通路を相模川の川岸まで降りていきました。旅館は日帰り客でかなり混んでいたようで、玄関には沢山の登山靴が並んでいました。「8名ですけど…」と声をかけたところ、「今すごく混んでいるのですけど」という返事。「少し待ってもよいですからと」答えると、「かなり待つかもしれませんけど」と言いながらも、受付してくれることになりました。幸い女湯は空いているということで、川島さんと堀米さんは直ぐに入浴できました。一方、男性陣はロビーで暫く時間をつぶすことになりました。同じロビーで寛いでいたお風呂上りのご家族は自動車で来ていたということで、私たちが高尾から5時間かけて歩いてきたことを話すと、すごく驚いていました。30分ぐらいでようやく男湯も空いて、下着までびっしょりにした汗を流すことができました。お風呂上りは何と言ってもビールですが、駅までのバスの時間が迫っていたのでちょっとだけにして、元来た急な坂道を今度は急いで登ることになりました。路線バスで大垂水峠を越えて高尾駅まで移動し、中央線で八王子に向かいました。八王子駅ビル(CELEO)のレストラン街のピザ屋さん「パパミラノ」で打ち上げを行い、11月21日に解禁されたばかりのボジョレ・ヌーボで乾杯しました。

 

奥高尾もみじ台の紅葉(撮影:汀くん)          ボジョレ・ヌーボで乾杯

【報告 小久保(35組)】

● 世田谷ボロ市編(平成25年12月15日開催)

参加者:島田くん(33組)、川島(旧姓:唯根)さん、汀くん、(以上34組)、
    小久保(35組)、高沢くん、飛田くん(以上37組)、堀米(旧姓:坂本)さん(38組)、
    飯村くん、堀之内くん(以上39組) 合計9名
コース:渋谷(ハチ公像前)〜代官山〜西郷山公園〜世田谷公園〜三軒茶屋〜若林(昼食)〜
    松陰神社〜世田谷ボロ市〜世田谷城跡〜豪徳寺〜宮の坂駅=(世田谷線)=山下駅〜
    豪徳寺駅=(京王線)=下北沢駅〜打ち上げ、
    [+特別追加行程:下北沢駅=(小田急線)=明治神宮前駅〜
    「表参道イルミネーション2013」〜表参道駅] 合計12キロ
概要: 年の瀬の風物詩のひとつに数えられている世田谷ボロ市に行ってきました。世田谷ボロ市は、はるか昔、戦国時代は天正のころ(1570年代)から、楽市を起源とする農民相手の農具市として毎年暮に開かれてきたそうです。野良着のつくろいや補強用にボロが盛んに売られていたところからボロ市と呼ばれるようになり、江戸時代には12月15日の開催だったそうです。明治以降は1月にも開催されるようになり、やがて現在の形の1月と12月の14〜15日の開催となりました。
 今回の案内人は、高沢くん。若い頃に世田谷で過ごされた経験のある奥様から、寄道スポットや閑静なルートをこまやかに伝授を受け、前半の三軒茶屋までの案内を買って出てくれました。
 待ち合わせ定刻の10時30分、お上りさんの定番スポットである渋谷駅ハチ公像前に全員集合(写真下左)しました。いざ出発というところで、高沢くんが、「電車で代官山まで行こう」と言い出しました。しかし、「歩く会の自主トレだから歩こう」という飛田くんの理にかなった意見に、高沢くんはしぶしぶ従い、歩き出しました。ひょっとしてルートに自信がないの(?)とやや心配になりました。
 今年3月の東横線地下駅化により大きく風貌が変わった渋谷駅を後にし、セルリアンタワー東急ホテルを過ぎたあたりで玉川通りを離れ、高級そうな住宅街に入りました。欧州車がガレージに事もなげに自然に収まっているのが印象的でした。リーダー・高沢くんは都立第一商高を過ぎた代官山駅付近で進路を中目黒方面に変えましたが、すぐに旧山手通りをUターンするように神泉方面に向かい始めました。どうやら、見どころスポットを配慮して、いろいろと回ってくれるようです。「旧山手通りの左側にあるのが、『代官山ヒルサイドテラス』と呼ばれている有名スポットです。」と解説してくれました。代官山ヒルサイドテラスは、住居・店舗・オフィスからなる複合建築で、1967年から数期に分けて段階的に建設されてきたということです。以前は緑の生い茂った細長い傾斜地に旧家・朝倉家が所有する建物が数棟あるだけだったということです。現在は周辺環境に配慮した設計のレストラン等が入る商業施設やそこで開催されるイベントにより、代官山の文化的発信基地になっているそうです。その後も高沢くんの案内のもと、旧山手通り沿いにあるデンマーク大使館、エジプト大使館、そして、ちょこっとまわり道をしてマレーシア大使館の洒落たデザインの建物を見ることができました。次に西郷隆盛の弟である従道(つぐみち)公の別邸だった西郷山公園で休憩を取り、中目黒側に下りていきました。西郷山公園下の目黒川の両岸は桜並木になっており、次の春も見事に咲きほこることでしょう。
 しばらく歩くと蛇崩(じゃくずれ)という珍しい名称の交差点があり、ここを右に進むと世田谷公園に入ります。ミニSLが運行している日曜日の公園内は子供連れで賑わっていました。世田谷公園からは昭和女子大のそばを通り、予定時刻の12時ぴったりに三軒茶屋に到着しました。高沢くん、当初は少しだけ心配しましたが、素敵なコースとすごく正確な時間管理でした。素敵な奥様、ありがとうございます。
 三軒茶屋からはいつものように小久保が案内人となり、世田谷通りを若林方面に歩き、昼食を予約していた「土蛍(つちぼたる)」に約20分で到着しました。ここはもんじゃとお好み焼きのお店で、ビールやハイボールを少しだけ(?)たしなみました。今日は非常に軽目のルートなのでお酒を飲んでもたぶん大丈夫だと思います。
 昼食後は松陰神社を参拝しました。ここは安政の大獄で刑死した吉田松陰先生の墓所で、1863年にこの地に改葬され、さらに明治以降に社を建ててお祭りしたのが由緒ということです。私の豚児の修は2014年春に受験なので「合格祈願」のお守りを授与していただきました。お参り後、松陰神社から世田谷通りに戻り、世田谷駅付近のボロ市会場に移動しました。残念ながら、前半の案内人を務めてくれた高沢くんはお仕事のため、ここで行程を離れることになりました。
 ボロ市会場(世田谷代官所跡を中心とした長さ約500メートルの路地)には沢山の出店が並んでいました。それはなんともまあ、すごい人出でした。全員で固まっての歩行は難しいので、ここは各自自由行動とし、1時間後に世田谷線上町駅で集合することにしました。ボロ市のなかでも特に名物の代官餅は人気が高く、島田くんによると1時間以上の行列で諦めたということでした。小久保も人の流れに逆らえず押されるように歩きながら、出店の品物を見ていくような状態でした。ボロ市という名の通り、衣料品のお店が多いようでした。和服の裏地の端切れ(所謂ボロ)や古そうな和服が数多く吊るされていました。
 ほぼ定刻に全員が上町駅で再集合し、今度は世田谷線を渡り、世田谷城址に行きました。世田谷城は南北朝時代に吉良家の所領として築かれましたが、姻戚関係であった後北条氏の滅亡と同時に廃城となったということです。土塁や丘が、昔のおもかげを残していました。次に隣の豪徳寺に行こうとしましたが、入り口がなかなか見つからず、外周路を歩いているうちに寺院の反対側の入り口(裏口)にたどり着きました。しかし「ここからは入れません」と無情な案内板が掲示されており、再び半周して、ようやく本来の入り口に辿り着くことができました。豪徳寺は、桜田門外の変で暗殺された大老・井伊直弼の墓所として有名ですが、「招き猫」の寺としても知られています。招福堂の前にはかわいい招き猫の絵が置かれていました。
 午後4時を過ぎるとさすがに冬の日暮れは早く、豪徳寺の山門を出るころには冬の陽も陰りだし、かなり寒くなってきました。予定では下北沢駅まで約3キロを歩くことにしていましたが、予定を変更して豪徳寺そばの世田谷線宮の坂駅から下北沢まで電車で移動することにしました。打ち上げは「花の響き」という創作和食レストラン(写真下右)です。寒かったので、鍋料理で暖まりました。
 すると、まだ歩き足らない(?)川島さんから提案があり、打ち上げの後に明治神宮前駅から表参道までのイルミネーションを見学することになりました。眩いばかりの光のオブジェの中を歩き、表参道駅で午後7時ごろにお開きとしました。川島さん、Good job!

 

    渋谷駅ハチ公像                「花の響き」での打ち上げ

【撮影・報告 小久保(35組)】